海洋新総帥

ただのブログ。

ニーヴン短編集『ガラスの短剣』

 

 ラリー・ニーヴンのSF・ファンタジー短編集『The Flight of the Horse』(1973)の邦訳である。SF作家として知られているニーヴンだが、「SFの垣根の両側(この場合はハードSFとファンタジーだろう)で書くことができる作家」と評されたようにファンタジーだって面白い。SFを書いてもファンタジーを書いても共通しているのはその奇想天外な世界の出来事を支えるそれっぽい理屈と、どんなことがあっても悲観的にならない前向きな登場人物だろう。

 収録作は以下の7作。原著では『中世の馬』の方が表題作だったようだ。こういうことは海外の短編集ではよくある。
『ガラスの短剣』"What Good Is a Glass Dagger?" (Magic Goes Away)
『中世の馬』"The Flight of the Horse" (スヴェッツ)
『海の怪獣!(リヴァイアサン)』"Leviathan!" (スヴェッツ)
『手の中の鳥』"Bird in the Hand" (スヴェッツ)
タイム・マシンの中に狼がいる』"There's a Wolf in My Time Machine" (スヴェッツ)
『ケージの中の幽霊』"Death in a Cage" (スヴェッツ)
『フラッシュ・クラウド』"Flash Crowd" (Teleportation)

ガラスの短剣(ウォーロック・シリーズ)
 魔法の源泉たるマナが枯渇することを解き明かした魔法使いが主人公の〈ウォーロック〉シリーズ2作目。
 前作『終末は遠くない』で魔剣グリランドリーを打ち破ったウォーロックだったがマナの枯渇がいずれ訪れるという秘密が漏れだし公然の事実となってしまう。対決から一年後、反戦主義者の人狼の少年アランがウォーロックの家に忍び込む。アランは魔法の道具を盗み出そうとするが見つかり、魔力が切れると実体化するガラスの短剣を心臓に埋め込まれてしまう。それから更に数十年後、敷物商人になり妻子を得たアランと、町ごと人々がいなくなる事件を調査していたウォーロックは世界で最初の妖術師(ネクロマンサー)の元に向かうが…。

 シリーズ一作目『終末は遠くない』は『魔法の国よ永遠なれ(創元推理文庫)』、『無常の月 ザ・ベスト・オブ・ラリイ・ニーヴン (ハヤカワ文庫SF)』に収録。

中世の馬(スヴェッツ)
 タイム・マシンを開発した1000年後の未来人が絶滅した珍獣を捕まえに行くが、何故か出会うのは毎回幻想上の生物ばかりで…というコメディタッチなスヴェッツシリーズの一作。
 生きた馬を生け捕りにしてこいと上司に命じられるスヴェッツだったが彼は馬の姿をろくに知らないせいでトラブルを巻き起こす。娘と一緒にいる馬に対して『「異族愛好症だ!」スェッツは思いつくがぎり、いちばんひどい悪態をつぶやいた。彼は異種族嫌悪症なのだ。』などは彼の未来での育ちが伺える。

海の怪獣!(スヴェッツ)
 世界最大の動物マッコウクジラを捕まえてこいと命じられるスヴェッツ。しかし海上で出会ったのは更に巨大なリヴァイアサンだったが…。リヴァイアサンが生存可能な仮説が面白い。あの有名な鯨もゲスト出演。

手の中の鳥(スヴェッツ)
 ロック鳥の雛だと思ってダチョウを連れて帰ってきたスヴェッツだったが、今度は世界で一番最初の自動車を見つけてこいと命じられる。
 同僚達と誰が発明した自動車なら一番最初の自動車だと言えるのか…?と検討しあうのが地味に楽しい。この未来の世界では環境が激変し殆ど全ての動物が絶滅してしまったということを実感させられる一編。

タイム・マシンに狼がいる(スヴェッツ)
 スヴェッツは狼から進化した人類が住む別の歴史線の世界に迷い込んでしまう。
 人狼族達は匂いに敏感で内燃機関や化学肥料を用いないなど人類とは異なる文明を作り上げていた。人狼族の少女ウローナと心を通わせるスヴェッツだが…。
 『空気は、石油化学製品や、炭素、窒素、硫黄などの酸化物の臭いで充満していた。産業時代の空気だ。スヴェッツが生まれてこのかた呼吸してきた空気だ。それでも、スヴェッツはその空気が嫌いだった。

 人狼族の少女ウローナという名前は、H・G・ウェルズの『タイム・マシン』に登場するエロイ族のウィーナのもじりだろうか。
ケージの中の幽霊(スヴェッツ)
 タイム・マシンの中に幽霊が出ると訴えたスヴェッツは上司の許可を得て調査を始める。幽霊の正体とは…。

フラッシュ・クラウド
 安価なテレポート装置が世界中に普及した社会における暴動を描く中編。
 テレポート装置の普及による社会や産業の変化、新たなかたちの犯罪や社会問題、物理的なつじつま合わせなど思考実験的な側面が非常に楽しい一作だ。

 報道録画員の主人公ジェリベリーがショッピングモールでの些細な口論を撮影しテレビで報じる。それを見て面白がった野次馬がテレポート装置でアメリカ中から集まり口論に加わる。人が増えるにつれ暴力や暴動、破壊や略奪にまでエスカレートしてしまう。
 この暴動の引き金を引いたのはジェリベリーだと言わんばかりのテレビ番組の人気司会者のせいで彼はテレビ局から解雇を言い渡されてしまう。司会者との対談をこぎつけたジェリベリーはこの社会問題への対策を提示するため、残り少ない時間で様々な人物に取材を申し込む。どこにでも自在にテレポートできるというのが話をスムーズに進めており、空港、警察署、テレポート装置の開発者、観光地のタヒチなど様々な場所を1日で巡るのだ。彼ははたして自らの汚名を晴らせるのか…?

 本作のもう一つの特徴としてテレポート装置はエネルギー保存則のつじつまが合うように作られているところにある。テレポート装置の高度や位置が異なれば位置エネルギーに違いが出る。そのため遠い距離にテレポートするには転送を繰り返すか、エネルギーを相殺する仕組みを作らなければならない。まあそうして長距離用のテレポート装置が開発された結果として本作では暴動が発生してしまったのだが。

 本作で描かれる暴動のかたちを作中の警察官は「突発的群衆(フラッシュ・クラウド)」と呼んでいる。現実でテレポート装置が開発される見込みは当分ないが、このような現象は現代人にとっては馴染みのある光景だろう。インターネットやSNSで話題になったトレンドに対してわっと群がる大衆の姿はまさにフラッシュ・クラウドだ。

 ちなみに、ネット上などで予定を決めて当日に集団でパフォーマンスをするフラッシュ・モブは本作に由来するそうな。

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